仕事はたいへん!

なななんと!1ヶ月半ぶりにもどってまいりました。もう きっとみんなに忘れられてしまっているんだろうね。だって自分だって、このブログがあるということを ほとんど忘れておりました。

この1ヶ月。忙しかったよ。というのも実は仕事始めたんです。
サンフランシスコエアポートにて、某@#$エアラインのチェックインカウンターに立っております。かっこいいじゃん!なんて勝手に思ってしまった私が甘すぎました。

この1ヶ月というものまるで学生に戻ったかのように、毎日必死で勉強しておりました。
なんといっても、いままで10年間専業主婦だっため、いまさら社会復帰というのも大変なんですよね。もうすぐ40だし。きっと頭も固くなっているんだよ。私が20歳ぐらいのときは、40歳なんてすごく ”おばさん” に見えたもんね。いっしょに働いている若い子たちにきっとそういう目で見られているに違いない!

とりあえずはパートなのですが、とにかく覚えなければいけないことがたくさんで、無理やりつめこみ状態なんです。チェックインをするのにうちこむためのコードを覚えなければいけなくて、このすすんだ社会で、なんであんな面倒なチェックインの方法をつかっているのか私にはさっぱり訳がわからないよ。チェックインなんて、チェックインとかいたボタンがひとつあって、それを押したらあとはコンピューターが全部やってくれるのよ。というようなものを絶対つくるべきだよ。それなのになにをいれるのにもコードがあってそれがわからないとぜんぜん先にすすめないんだ。
たとえば #G/46A/A/3/32/NRT/T/HP123456*HP987654-5.......とかG*RV/NA/MNL/DE/BKK/TR/JP.... はっはっは。こんなの 知らなかったらいったいなにを打ち込んでいるのかだかちっとも訳がわからないでしょう?

とにかくいま人手不足なんですよね。いままでやとっていた人たちは、若い子がおおくてみんなプラクテイカルビサだったみたいで、ビザが切れるから日本に帰るとか学校に戻らなければとかそんな人がおおいんですよ。はじめからそこのところもう少し考えて雇えばいいのに。おかげで普段は2-4週間ぐらいしっかりトレーニングしてからカウンターをまかされるようになるらしいのですが、私の場合は2日間、授業をうけただけで、後はじっさいやりながら覚えてください。といわれて、目が点.......状態で、涙ものでした。

いい加減なトレーニングなのに、ビザのチェックやらなにやらいろいろ責任は重大で、荷物も間違えて成田ではなく、どこか遠くの国に送ってしまったらえらいことになるし。それに日本に帰る日本人だけならいいんだけれど、乗り継ぎで台湾だとかバンコクだとかフィリピンだとかにいく人も多いので、ヒエー。間違えたらどうしよう。とすごく不安な日々をおくっておりました。

おかげで、わたしと一緒に入ったのは3人。そしてそのあとまた3人雇ったのに、残っているのはなんと!私だけなんですよ。みんなこんなのやってられない!といって さっさと辞めてしまいました。でも、私は、負けず嫌いな性格のため、なんだかお前はバカ!といわれているみたいでくやしくて、辞められずに今日まで1ヶ月ちょい。続けているのであります。えらいぞ!なんてよくやっているのよ。あなたは立派。と自分で自分を励ましながら、続けております。。

まあ。でもこのところやっと慣れてきて、少しづつなんとかできるようになってきてはいるのだけれどね。この2週間ぐらいはもう一人で ちゃんとカウンターに立っているのだ。このさきどうなることやらわかんないけど、でもね。いまお金ためようと思っているんだ。

だって、いままで10年。自分のお金なんてなかったんだもん。だからお給料がもらえるということはすごくうれしいんだ。お金をためて子供たちと日本に帰りたい。あの子達は日本を一度も見たことないんだよ。上の子は、2歳半のときに一回いっただけで、いまはもう13歳になるのよ。だから自分でお金ためて、あの子達に日本見せてあげるんだ。デイズニーラントにもいきたいしいまはデイズニーシーというのもできているらしい。あの子達は電車にだってのったことないんだよね。そういう私だって、日本に帰れば、すでに浦島太郎なんだよね。そうだ。ぜったい連れて帰らないとね。いまならまだお母さんといっしょに遊んでくれるだろう。

とりあえず今日はここまで。でも、また報告するからね。みんなも元気でいてください。
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# by luckystartennis | 2005-06-08 17:03

お元気ですか?


皆さん お元気ですか?私は?はい。大丈夫。なんとか 生きています。

またまた随分ご無沙汰してしまいましたね。はっはっは。無理をしないといってから本当に無理をしないで二週間、さぼってしまいました。1日1日過ぎてしまえばあっという間で、ときどきもっと自分にできることがあったのではないかと思ったりもするけれど、でも今はとにかくマイペースでいこうって決めたんだ。。やるときはやる。疲れたら休む。競争ではないのだからね。私はわたし。一歩一歩 ゆっくりいこうよ。そう思いながら このごろはころころ転がるどんぐりではなく のんびりゆっくりのかめになってしまっているのです。

この2ヶ月ぐらい、私の中で随分いろいろなことがおこって、自分を責めたり見直したりかなり思い切りつっぱしってきたので、この2週間は、その反動かな。なんだか ぼーっとすごしてしまった。でも大丈夫。気持ちはしっかりしているよ。前よりも自分のことがよくわかるし。頭はすごくさえているんだ。

もうダメだ。って思っても、本当はぜんぜんダメなんかじゃないんだよ。絶対に私は大丈夫。そう信じれば、そこからいろんなことが生まれてくる。私は結構強いんだよ。そう。そこからの1歩1歩が、自信につながっていく。

真面目で誠実たから悩むんだよね。それっていいことなんだよ。悪いことなんかじゃない。私みたいに真面目でバカ正直な奴はめったにいないんだから。自分にもっと自信もっていいんだよ。私はいい人間なんだよ。だから悩むんだ。大事なことは、悩んで苦しんで、そこからどうするかということかな?つらいこと苦しいことがあったとしても、それは自分が成長していくためには必要なことなんだ。それがいまよくわかる。

楽しいことやうれしいことだっていつまでも続くわけではないんだよね。毎日楽しくてうれしくすごせたら すごくいいけれど、でも苦しいことがあるからこそ つらいことがあるからこそ、そのあとにやってくる楽しいことに感謝できるようになる。苦しみを知っていればこそ、そのあとの喜びが2倍にも3倍にもなるんだよ。そして人の痛みだってわかってあげられるようになるんだ。

私はずーっと無理をしてきた。いままではよくわからなかったのだけど、私はずーっとそれを誰かに認めてほしかったんだ。自分に自信がなかったから、あなたはよくやっているね。って誰かに言ってもらえないと、すごく不安だったんだ。でもね、頑張っている私を一番よく知っているのは他でもないこの私だった。他の誰かに私のことなんかわかるはずないんだよ。認めてあげなければいけないのは私自身。私はよくやっている。えらい!ってほめてあげればいいんだ。自分がしていることに自分が満足していれば、それでいいんだ。自分はこれでいいんだ。って思えれば他人に何を言われても関係ないんだよ。だってね。自分のために正しいことは自分にしかわからないんだから。

自信は自分を信じると書くんだよ。ぜんぜん気がつかなかった。そう自分で自分を信じること。そこからはじまるんだ。他人になにかを期待するから不満がたまるし不安になる。自分がなくなって自信がなくなっていくんだよ。でも私はこれでいい。って思えたらそれが何よりのわたしの力になる。

人からみて すごく不幸な生活をしていても幸せいっぱいの人もいるし、反対に周りから見てすごく恵まれていて何不自由ない暮らしをしている人でも、不幸な人だっているんだ。
すべては自分からはじまる。自分を幸せにするのも不幸にするのも自分しだいなんだよ。
他の人に幸せにしてもらいたいとか思うから、わかってほしいなんて期待するから不幸になる。自分は自分で幸せにする。私は いまよりもっと幸せになれる。
だってね。やっとここまできたんだ。ここから始まるんだよ。

そう。すべてはわたしからはじまる。そうだよね。

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# by luckystartennis | 2005-04-24 04:05

無理しない

またブログずいぶんさぼってしまったね。毎日 けっこう忙しくしているよ。
このごろ心がけていることがある。それは無理しない。ということ。

無理するから すごーく疲れるんだよね 私の場合は。
だから 毎日自分と相談することにした。
今日の気分はどう?ずいぶん疲れてるね。家でゆっくりしたほうがいいよ。 とか うーん。今日は気分がいいね。なにしようか。テニス?それとも泳ぎにいってくる?なんてかんじで、その日の気分で できることをやればいい。

元気がなくて何にもできない日は、なんにもやらなくったっていいんだ。
その日にやらなくてはいけないことだけをやって、あとは放っておいたっていいよね。残りは また元気がある日にやればいいんだ。できるときにやればいい。そう思うだけで 気持ちがラクになる。こころが軽くなるよ。

元気がなくてなんにもできないときに、あれもやらないといけない。これもやらないといけないのに。と思うとどんどん苦しくなる。そこで無理をすると どうして私はこうなのよ。どうしてこんなこともできないの?なさけないよ。しっかりしないと。なんて、どんどん自分で自分を苦しめて落ち込んで、もっと元気がなくなってしまう。そうなんだ。いままで自分を苦しめていたのは 他の誰でもない。この私だった。おバカ。

だからこのごろは自分で自分と相談する。
なーんだ疲れたら休めばいいんだよ。やりたくないときはやらなければいい。
いつも全力投球なんて無理なんだよ。
それだけでいままでの私とはずいぶん気持ちが違ってくる。

このごろの私は、迷っていたころと比べると、すこしづつではあるが、確実に成長しているんだ。自分のことがよくわかる。自分でそう思うんだから間違いないぞ。

というわけで、ブログも 気分しだい。書きたいときに書くからね。それでいいよね。
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# by luckystartennis | 2005-04-09 03:10

今日はだめだよ。


もう 疲れた。すごく疲れた。なにもかもぜんぶわすれて眠りたい。
もう起き上がれなくてもいいんだ。
今の私にはもう戦う力なんてないよ。

今日はやっぱり元気が出ない。一日ぼーっとして過ぎてしまったよ。
やらなければいけないことたくさんあるのになにもできなかったよ。

あれもこれもとかんがえる。だけど頭の中がぐるぐるまわって
結局どこにもたどりつけない。

自分だけが不幸だとは思ってないよ。
だって私より不幸な人は 世界中に山ほどいるんだ。そんなことわかっているんだ。世界の中には 本当はものすごーい不幸を抱えているのにそんなものをぜんぜん不幸だと思わないで、いまこの瞬間生きていることにだけ感謝しているすごい人だってたくさんいるんだよね。それなのに、こんなちっぽけなことに動けなくなってしまう自分に腹が立つんだよ。
どうしていつも生きていくのがつらくなってしまうんだろう。

それはきっと甘えているから?逃げているから?
弱い自分。そしてそれが許せない自分。
本当はね。もっと楽しく生きてみたいんだよ。
でもね。いまはどうしたらいいのかよくわからないんだ。

私はひとり いつもとりのこされる。
ここから私はどうすればいいのだろう。
私には休むところがどこにもない。もう疲れた。
だから、お願い。今日だけ弱い自分でもいいかな。誰にも迷惑かけないから。

今日はひとりでゆっくりするよ。
今日だけ ひとりぼっちで泣いていよう。
そうしたら 明日はきっと元気になる。
またぜったい元気になるから。

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# by luckystartennis | 2005-03-27 14:32

ぜったい元気になる!


いま自分で自分を応援している。少しだけ自分に優しくなることができるようになったのかも。このごろ自分のことがすごくよくわかるんだ。
いまのままの自分だってなかなか捨てたものではない。そう思えるようになった。わたしのよさをわからないかわいそうなのはあいつなんだよ。
そう。絶対そうだ!私がそう言うんだからぜったいそうなんだよ。

また詩をみつけたよ。私を応援するためにいろんな本 読んでいるんだ。
ぜったい元気になろう。楽しいことだってたくさんあるんだから。
私のこと必要としてくれる子供たちがいるんだから。

今日は ”元気を出して” 宇佐美百合子作より 
私の好きなところをすこしだけ おすそわけ。



どうして生まれてきたのだろう

恋にやぶれたり、友達に裏切られたり

一生懸命がんばればがんばるほど

からまわりしてしまう

そんなわたしのこころの痛みを

だれもわかってくれない


なにもかもうまくいかないんだったら どうして生まれてきたのだろう

こんなふうにひとりぼっちになるくらいなら どうして生まれてきたのだろう

どうしてわたしは生まれたのだろう 

この世にいる必要などないのに.....


でもあなたには 生まれてきた意味がある

たとえいましている恋がうまくいかなくても

なにもかもぜんぶいやになったとしても

あなたには今を生きている わけがあるはず


こころの旅をはじめませんか

その ”こたえ” を探しにいきましょう

苦しんで傷ついて それでもぶつかっていったとき

あなたはそこにようやく 大切ななにかを発見するでしょう

悩んだときほど そのままのあなたで

こころの旅を 続けてみてください

正解かどうかわからないけれど、

"自分はこれでいい”

”ううん、自分はこれがいい”って思えたら

それが あなたにとって最高のこたえです




~ なんとかなる ~


もう そうなっちゃったことで

いくら自分をせめてもしかたない

ますます傷が深くなるだけ


泣きたいなら 何も考えないで

こどもみたいに泣いちゃえば?

涙がかれてから 考えよう


だいじょうぶ

かならず なんとかなる




~ つよいひと ~


孤独は きらい

さみしいのは いや

ひとりは つらい

それは 当たり前.....

でも孤独のふちでしか 手にできないチャンスもある

自分のこと しっかり見きわめて

とことんつよくするチャンスかも


つよくなるってことは

さみしい気持ちや つらい気持ちを

ぜーんぶわかっていて

胸をはってるってこと


だから ほんとうにつよい人は めちゃめちゃ やさしい

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# by luckystartennis | 2005-03-19 10:49

生きる ~田舞徳太郎詩集より~

生きるという詩集をみつけた。田舞徳太郎という人が書いた詩集。
今日はそのなかから 私個人の好みでいくつか紹介です。

~失う~

負けないでほしい

失ったからって全てじゃないんだから

人は失ってさらに強くなっていくんだから

そして失わなければみえないことだって

この世の中にはあるんだから

今またひとつ人生のこと深く知ったんだよ

だからまっすぐ歩いてほしい

自分の歩みを止めないでほしい

失うことって素晴らしいことなんだ


~従順~

まず最初に 自分をゆるしてあげよう

弱い自分 途中で投げ出したくなる自分

さみしがりやの自分

そんな自分を許してあげよう

自分のしたいことをさせてあげよう

これがしたい

そう思うものにひたむきにすすんでもいいことを

自分に許可してあげよう

何のために生きてきたのか

自分に制限をくわえずに

素直に素直に

自分の心に従おう


~自分の道~

人間ってさみしいんだから

そんな顔しないで

微笑みながらいきていこう

人間ってさみしいんだから

自分ひとりで閉じこもらずに

もっと自分のことを素直につたえよう

人間ってさみしいんだから

そんなにあわてず

自分らしく生きていこう

自分の道は自分が 一番よく知っている


~認めよう~

認めよう..... 自分の生き方を

認めよう..... 自分らしさを

認めよう..... まわりの一人一人を

認めよう目の前の困難や障害を

認めれば勇気と誇りがよみがえる

認めれば誰でも強くなれる

認めないから人は孤独になる

認めないから逃げ出したくなる

認める人には挫折はないc0043585_33072.jpg
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# by luckystartennis | 2005-03-12 03:40

なりたい自分になれるかな?

友人のぶんさんが すまいるデまいるさんの”なりたい自分になっちゃうよ” を紹介してくれた。
彼女の文章を読んでへー。なるほど。と感心してしまった。あったかい気持ちになった。すまいるデまいるさん ありがとう。

以前書いたように私はどうしたら、自分が好きになれるのか?ぜんぜんわからなかった。いままで、ずいぶん自分を否定して生きてきた。我慢して生きてきた。生きているのがとってもつらかった。自分がすごく嫌いだった。すごく疲れていた。無理をしてばかりいた。

でも、このごろ、そう。もうすこし、自分を甘やかしてあげよう。と思えるようになった。自分が好きなこと、いろんなこと ずいぶんわすれてしまっていたよ。日本の音楽を聴いたり、本を読んだり。自分が好きなこともっともっとやらないとだめなんだ。自分が喜ぶこと やってあげないから嫌いになるんだね。

あなたのために こんなに我慢しているのだから 頑張っているのだから、どうか私のこともっとわかってよ。と思っていた。でもぜんぜんわかってもらえなかった。だからすごく傷ついて八つ当たりした。でも相手はわけがわからない。私は相手からの見返りばかりを期待していた。どうしようもないと自分で思っているのに でも相手に受け入れてもらいたかった。
でもそうではないんだね。相手に受け入れてもらいたいなら自分で自分を受け入れないとダメなんだ。私は自分にやさしくなかった。自分で自分に嫌われることばかりしていたよ。

今日からすこしづつ 自分にやさしくなろう。できることでいいから。自分が喜ぶことしてあげよう。そうしたら またなにか新しい発見があるかもしれない。

追伸:トラックバックしたかったのにうまくいきませんでした。うーん。どうすればいいのかな?ええと。すまいるデまいるさんのアドレスは http://plaza.rakuten.co.jp/freebird222 です。
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# by luckystartennis | 2005-03-05 05:00

ブログのおかげかな?

c0043585_3594956.jpg私がブログをはじめたときは、楽しく明るいものにしたいな。と思っていたのだが、はじめて以来というもの、なんだかいろんなことがあり、このブログもはじめの予定とは大反対、私のひとりごと人生お悩み相談室のようになってしまっている。
私の文章は いつも書き出すととまらなくなる。あれもこれもと頭の中に浮かんでくることを 次から次へとだらだら書き綴ってしまう。本当は、友人のあっこさんのように さらりと明るく面白く書いてみたい。でも、やっぱりダメ。文章って性格が出てしまうのよね。
でもブログをはじめて以来、いろんなことを学んだよ。
そうだ。私はヒナギクになるのだった。となりのバラが美しくて(これは、あっこさんよ。)ああなりたいとおもっても、ヒナギクはバラにはなれないんだ。ヒナギクはヒナギク、バラはバラなんだからね。そうそう。だから、私もこれでいいんだ。無理しないでいいんだよね。私が自分で自分に満足していればいいんだっけ?自分で自分に満足するなんてできるのかはわからないけれど、まあ。あっこさんはあっこさんで私は私というところはわかった。だからこれからも私なりのものを書いていこう。私が今こうして文章が書けて字が書けるし読むことだってできるんだし、そういうところに満足して感謝しよう。だって世界の中にはそんな 日本人には普通のことだってできない人たちがたくさんいるんだもんね。だから 私は幸せなんだよね。

長い文章は読むほうにしてみれば かなりの迷惑に違いない。でもブログなら 読まないと殺してやるぞー!(おお。怖い。)と 脅しているわけではなくて、どうぞご自由に。というかんじなので 相手が読みたくなければ読まなくても別にいいんだし その点はすごくいい。普段言いたいこと思っていることをうまく言えずに すぐ一人で抱え込んでしまうどうしようもない私にとって、思っていることを文章にして吐き出すことで、かなり気持ちが楽になるということも新しい発見であった。過去の文章を読むとわかるとおもうが、私はかなり苦しんでいた。自分という存在がなんだかわからなくなった。自分がどうすればいいのか。私は一体何をどうしたいのか。何が何だかちっともわからなくなった。迷路に迷い込んでぐるぐるまわっているようで、かなり落ち込んでいた。普段なら考えないようなこともいろいろ考えて悩んでいた。そして、そうやってうじうじ弱気で落ち込んでいる自分が嫌でたまらなかった。いつもなら、そこでそれを隠そうと無理に元気に振舞う。みんなに嫌われるのも怖い。そして、疲れきってしまう。そんなことの繰り返しだった。

でも 今回の私にはブログがあった。文章を書いていると自分の暗い気持ちってでてしまうのよね。書けないぐらい落ち込んでいることもあった。でも書いてもいい場所があるというだけで前とはすこしちがった。私の周りには あったかい人がたくさんいてくれたのに いままで気がつかなかったよ。ごめんね。今までは 嫌われたくないから自分を隠すことに一生懸命だった。でもそれが かえって近づきにくい状態を作り出しているなんてぜんぜん知らなかったよ。

ブログに 書いたおかげで、みんな大丈夫なの?と心配してくれた。そして苦しい時は無理しないでいいんだから。といってくれた。また頑張れるよ。っていってくれた。私は それがなによりもすごーくうれしかった。また暗いことをいってしまうが、私はどうせひとりぼっちさ。とずーっと思っていた。前に人間関係で すごく傷ついたことがあったので、人見知りするようになり、自分からどんどん友達をつくるということができなくなった。だから、今はこんな自分でもこんなに心配してくれるあったかい人たちがいてくれるんだと思えば元気が出てくるぞ。ひとりぼっちで頑張らなくてもよかったんだ。つらい時苦しいときは無理しなくてもいいんだって。

自分の気持ちに正直に生きていけたら、すこしづつ自分が好きになれるのかもしれないね。
自分の気持ちを隠して押さえつけてばかりいるから、きっと嫌いになっちゃうんだよね。そんなことだってわからなかった。この一ヶ月、人生勉強いっぱいしたよ。これもブログのおかげかな?そしてあったかいみんなのおかげ。
これからも ふつつかものですが、どうぞよろしく。
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# by luckystartennis | 2005-03-02 04:03

”子は親の鏡” という詩

いつもはほとんど読まないジャンクメイル。だけど皇太子様の朗読で話題沸騰!ドロシー博士の育児書大特集!という見出しにつられて読んでみた。すると、、皇太子様が、記者会見で、朗読されて(いつどこでなぜ?というところはわからないよ。) 話題になったという詩”子は親の鏡”というのが紹介してあった。これは、米の家庭教育学者(そんなのあるの?)ドロシー ローノルト博士著作の育児本、<子どもが育つ魔法の言葉>のなかで、書かれた詩ということである。すべてのお子さんを持つご両親に読んでいただきたいと書いてあるので、私も皆さんに紹介することにしたよ。

”子は親の鏡”   ドロシー ロー ノルト

けなされて育つと 子どもは 人をけなすようになる
どげどげした家庭で育つと 子どもは乱暴になる
不安な気持ちで育てると 子どもも不安になる
”かわいそうな子だ” といって育てると 子どもはみじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると 引っ込み思案な子になる
親が他人を羨んでばかりいると 子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると 子どもは ”自分は悪い子なんだ” と思ってしまう
励ましてあげれば 子どもは自信を持つようになる
広い心で接すれば キレる子にはならない

褒めてあげれば 子どもは明るい子に育つ
愛してあげれば 子どもは 人を愛することを学ぶ
認めてあげれば 子どもは自分が好きになる
見つめてあげれば 子どもは頑張りやになる
分かち合うことを教えれば 子どもは思いやりを学ぶ
親が正直であれば 子どもは 正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば 子どもは正義感のある子に育つ
やさしく おもいやりをもって育てれば 子どもはやさしい子に育つ
守ってあげれば 子どもは強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば
子どもは この世の中はいいところだと思えるようになる
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# by luckystartennis | 2005-03-01 02:28

やさしい人 ~ヒナギクの教え~

私は、本を読むのが子供のころから、好きだった。いろんなことで迷ったときは特に、いろいろな本を読んだ。本の中から学ぶことって、たくさんあった。
こっちにいると日本の本もかなり高いし、英語の本は最近では随分なれたけれども、でもやっぱり、日本語のようにはいかないから、めんどうくさかったりするし、この10年ぐらいは自分が本を読むことが好きだったということさえもを忘れそうになっていた。
でも、このごろいろんなことで混乱していて、自分で自分がわからなくなっているので、どうしても本が読みたくなって、再び紀伊国屋にいってきた。店の中をふらふらして、1冊の本を見つけ出した。それは、"やさしい人"というタイトルで、加藤諦三という心理学者が書いた本。

"やさしい人。それはどんな心の持ち主か。目立たないけれどいちばん尊い生き方。人は やさしくなれれば、生きることは楽になる。でもなかなかやさしくなれない。やさしくなるためには、心の葛藤を解決しなければならないし、やさしい人と接しなければならないからである。それにはどうすればいいか。。。” これが、見出しだった。それだけで、なんだかどうしても読まなければいけないような気になった。
私はやさしくなりたいと思っている。表向きのやさしさだけではなく、ほんとうのやさしさ。それはいったい何なのだろう。今の私では生きていくことが、すごく苦しいのだ。私は、きっといつもやさしいふりをしているだけで、本当はぜんぜんやさしくないのだろう。自分に優しくない人は、他人にもやさしくできるはずないらしい。私はやさしくなりたいのに。そして、楽に生きて行けるようになりたいのに。この本をよんだら何かわかるかもしれない。そんな、なんだか泣きそうな気持ちでこの本を買った。

家に帰り、一気によんだ。そして、やっぱり私が思った通り、この本は私のために書かれたような本だった。あまりのタイミングのよさに自分でもおどろいてしまうほど、いろんなこと教えてくれた。この本を読んでとてもよかったと思う。もしどこかに、私のように自分を見失ってしまった人がいたらすすめてあげたいと思う。

本の中で、とても印象に残っているところ紹介してみようと思う。それは、アンデルセンの童話のなかにある ヒナギクという話について書いてあるところ。
”田舎の道端に、一軒の別荘がある。庭には、花が植えられている。そして、そのそばの土手には、ヒナギクが生えていた。ヒナギクは誰も草の中に埋もれている自分に目をとめるものがないことや、自分が貧しいつまらない花だということは、すこしも気にしませんでした。それどころか、心から満足してまっすぐにお日様のほうを見上げながら空で囀っているヒバリの歌に、うっとりと聞きほれていました。”
このヒナギクの心理状態が自分が自分を受け入れている状態である。実際の自分に満足している。このヒナギクはヒバリが歌えることをえらいと思っている。そして、自分が飛べないことや歌えないことを悲しいとは思っていない。ヒナギクは自分はヒナギクであり、ヒバリはヒバリであるとわかっている。ヒナギクがヒバリを認めるからヒバリもヒナギクが好きになる。ヒナギクは我慢して不平をいわないのではない。我慢して、不平をいわない人と違ってヒナギクはお日様がこの自分を照らしてくれることに感謝している。ありがたいと思っている。そして、満足している。そして、だれも見向きもしない自分だけれども、わたしだってほんとうに幸せなんだわ。と思っている。だから、不平をいわないのである。ヒナギクは自分が今ここにいるヒナギクであることで、幸せなのである。このヒナギクの心がやさしいのである。だからヒナギクはヒバリから好かれる。ヒナギクのやさしさがヒバリに安心感を与える。やさしさは安心感を与えるからやさしい人の周りには人があつまる。

ところが、別荘の庭の花は、偉そうにして気取っている。゛シャクヤクは、バラの花よりおおきいというので、いばりかえっていました。でも、大きければそれでいいというわけのものでもありませんね”
シャクヤクはバラの花より大きいというのでいばりかえっていました。というのは虚栄心。シャクヤクは、バラの花より大きいことが愛されることだと思っている。シャクヤクはシャクヤクでバラはバラなのだが、そこがわからない。競わないで自分の花を咲かせようとすれば、やさしくなれる。やさしい人になるには、自分が自分らしく生きることである。
”チューリップはいちばんきれいな色をしていましたが、自分でもそれをよくしっているので、人目につくようにそっくりかえっていました。”チューリップは、きれいな自分を誇示したときに嫌われるということがわかっていない。そして、”柵の外に咲いているひなぎくなんかには、だれもみむきもしません。”庭の花たちにすれば、ヒナギクはなんの利用価値もない。しかし、ヒナギクを見下げている豪華な花は、みんな不幸である。それぞれすばらしい花であるけれど、皆この状態がつらい。それぞれ、みんな、自分を人に見せている。人から わー。きれい。といわれるために咲いている。だから、わー。きれい。といわれない自分は価値がないと心の底で、感じるようになってしまう。そして、やがて、わー。きれい。といわれないと生きていけなくなる。

今日は、なんだか疲れたのでここまでにしておきます。わたしも明日からヒナギクみたいになれるように、自分で自分をうけいれて、何もできない自分でも幸せになれると、信じてみようと思います。c0043585_442911.jpg
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# by luckystartennis | 2005-02-26 17:39